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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)85号 判決

新潟県上越市本町1丁目5番4号

原告

株式会社 一小イチコ

(旧商号 株式会社一小竹内商店)

同代表者代表取締役

竹内寿

同訴訟代理人弁理士

松田喬

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

吉村公一

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第4022号事件について平成6年2月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第32類「たらこと麹を主原料とする漬物、及び、同あえもの、たらこと数の子、または、他の食料品との混合物の漬物、及び、同あえもの、たらこの粕漬、たらこと数の子、または、他の食料品との混合物の粕漬、上記漬物類、あえもの、粕漬類の各壜詰、缶詰、箱詰」を指定商品とし、別紙記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について、昭和61年2月4日、商標登録出願した(昭和61年商標登録願第9788号)ところ、昭和62年12月25日、拒絶査定を受けたので、同年3月7日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和63年審判第4022号事件として審理した結果、平成6年2月15日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、この審決書謄本を同年3月26日、原告に送達した。

2  審決の理由の要点

本願商標の指定商品及び構成は前項記載のとおりであるところ、その構成は、上記のとおり、やや図案化して表されているとしても、「たらの子」の文字と「こうじ漬」の文字を2行に縦書きに表示したものであることは明らかである。

ところで、我が国においては、漬物は保存食として、また、嗜好品として古来より数多く造られてきており、その味付けにおいても、塩漬、ぬか漬、しょう油漬、酒かす漬等と共にこうじ漬も好んで造られてきているものである。そして、これらの漬物の原材料としても、野菜、山菜、魚介類など広範囲にわたっているのが実情である。

しかして、「こうじ漬」は、いったん塩漬けした材料を米(または、麦、大豆等)こうじに塩や砂糖を混ぜた床に漬けたもので、その材料としては大根、白菜などの野菜の他にアユ、タイ、イワシ、サケ、サザエ等の魚介類も用いられているのが実情である。

してみれば、上記実情よりして、いまだ普通に用いられる方法の域を脱しない程度に表示してなるにすぎない本願商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、構成中の「たらの子」は、「すけそうだらの卵」と理解し、また、「こうじ漬」は、「こうじで味付けをした漬物」と理解し、全体として商品の品質、原材料を表示するにすぎないものと理解、認識するにすぎず、自他商品の識別標識とは認識しないものとみるのが相当である。

そうとすれば、上記商品に使用するときは単に商品の品質、原材料を表示するにすぎず、それ以外の商品に使用するときは商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわなければならない。

したがって、本願商標は商標法(平成3年法律65号による改正前のもの、以下、同じ。)3条1項3号ないしは4条1項16号に該当するから商標登録を受けることができない。

3  審決の取消事由

審決の認定判断は以下に述べるとおり事実を誤認したものである。すなわち、

「鱈子」(たらこ)なるものは決して「すけそうだら」の子のみを称するものではなく、「まだら」の子も「たらこ」と称するものであり、ただ、漁獲量等の関係から価格等、あるいは、大衆性等に徴して「すけそうだら」の子が用いられ、より高級品ないし嗜好品の「たらこ」には「まだら」が使用され、その漁獲量も決して少ないということはない。加えて、「こうじ」とは決して「麹」のみを意味するものではなく、「口耳」、「向自」、「好字」等その他多数存在し、「高次」というが如きはその白眉たるものである。故に、本願商標を目して、「すけそうだらの卵を塩づけにしたものをこうじで漬けたもの」の意を直観する「たらの子 こうじ漬」の文字を2行に縦書きに表してなると認定し、さらに、これを前提とする審決のその余の認定判断は、対象、実社会との関連を無視した空虚なものにすぎないものである。

かえって、実践的論理、すなわち、正義的、倫理的、道義的に論断して本願商標の個性を追求するならば、本願商標は、決して商品の品質を表現しているものではない。もし、本願商標が、審決がいうように品質を表示しているものであるならば、「まだら」なりや、「すけそうだら」なりやが不分明であり、「麹」なりや「高次」等なりや否やが明確にされた表示になっていない。

また、審決は、本願商標を「やや図案化して表されている」と認定しているが、本願商標は十分に図案化されているものであり、少なくとも視覚性、美感ありというに十分である。「美」の範囲は広範にわたり、単純美(優美)や、複雑美があるが、本願商標は複雑美を発生している。複雑美なるが故に「高次」の感情を発生することは疑いがない。さらに、審決は、漬物の観念においても単に「すけそうだら」の卵のみを対象としているが、「まだら」の子の漬物においてその風味を高揚するために塩加減、だし、貯蔵期間等においても「すけそうだら」と別段のものがあり、高級感を発生させるための本願商標は視覚性、美感を発生させるための感覚的表現として決して普通品を表現する感覚的表現にはなっていない。換言すれば、本願商標は商標法上品質表示の域を脱却している、ないしは、商標法上品質表示の範囲に属していない。

およそ、商標法上の商標は、社会学的ないし社会構成的、哲学的、人間学的、企業的の対象であるから、かかる観点からみれば、本願商標は、自他商品を区別、甄別する商標法上の商標なりと認識するを至当とする。

したがって、取引者、需要者が本願商標を商品の品質、原材料を表示するにすぎないものと理解、認識し、自他商品の識別標識とは認識しないものとみるのが相当である、とした審決の判断が誤りであることは明らかである。

なお、商標の類否の判断に当り、外観、称呼及び観念の異同並びに離隔的観察によって判断すべきものとする論説が普及し、被告の主張もこれに依拠しているが、かかる判断方法は根本的に誤っているものであるから、かかる方法で商標登録の適否を決定することもまた誤りというべきである。

よって、審決は違法であり、取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。審決の認定判断は正当である。

本願商標がその指定商品中の「たらこと麹を主原料とする漬物」に使用した場合、それらの商品の品質等を表示するにすぎないものであり、また、上記以外の指定商品に使用した場合、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあることは以下に述べるとおりであるから、審決の認定判断に誤りはない。すなわち、

原告は、「たらの子」は「すけそうだら」の子のみを意味するものではなく、「まだら」の子をも意味すると主張する。しかしながら、原告も自認するとおり、「すけそうだら」の漁獲量に比較して「まだら」の漁獲量は少なく、また、「まだら」は主として切り身として食されるのに対し、「すけそうだら」は、その腹子(たらこ)が好んで食されているために、一部の高級品を除いて通常「たらこ」といえば「すけそうだら」を意味するものとされており、一般にもそのように認識されているものである。

また、原告は、審決が本願商標中の「こうじ漬」の「こうじ」の文字を「麹」と認定したことに対して、「こうじ」の文字は決して「麹」のみを意味するものではないとして各種の「こうじ」の存在を指摘するが、本願商標の構成は「たらの子 こうじ漬」の文字よりなるものであるから、日常食する漬物との関係よりみた場合には、「こうじ漬」の文字中の「こうじ」は「麹(糀)」の文字として把握されるものであって、この点に関する審決の認定に誤りはない。加えて、「麹(糀)漬け」の商品は、漬物の一種として野菜、山菜のみならず、魚介類についても数多く製造、販売されており、例えば、鮭の切り身、いくら等を糀で漬けた商品が市販されている。さらに、鮭の切り身、数の子、明太(たらこ)等を糀で熟成した商品もあり、商品の原材料の一部に「たらこ(たらのこ)」が使用されている事実がある。

そうだとすれば、本願商標をその指定商品に使用した場合、これに接する取引者、需要者は構成中の「たらの子」の文字は「すけそうだら(すけとうだら)」の腹子の意味に理解し、「こうじ漬」の文字は「麹(糀)漬け」にしたものと認識するものであるというを相当とし、本願商標は全体として指定商品の品質等を表示したものと認識するに留まり、自他商品を識別するための標識とは認識し得ないものである。

なお、原告は、商標の類否の判断において、外観、称呼、観念並びに離隔的観察によることは誤りであると主張するが、本件審決は、外観、称呼、観念のいずれかに偏って取り上げたものではなく、それらを総合的に勘案して検討した結果、指定商品との関係からみて、本願商標が自他商品識別機能を具備しないと認定したものであるから、上記主張は誤りである。

以上のとおり原告の主張はいずれも失当であるから、審決の認定判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1、2は当事者間に争いがない。

2(1)  本願商標の構成が別紙記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば、本願商標は、やや図案化した書体で「たらの子」を僅かに右上に配し、同種の書体でその左側に上記「たらの子」より一回り大きく「こうじ漬」と縦2列に配した構成からなるものである。

ところで、上記の「たらの子」とは、「鱈」の「子」、すなわち、「鱈」の「成熟卵」を意味するものと理解することが可能であり(念のため、この点を、いずれも成立に争いのない乙第1号証《1989年11月6日株式会社講談社発行、梅棹忠夫他3名監修「日本語大辞典」1219頁》及び同第2号証《昭和45年10月15日株式会社真珠書院発行、河野友美編「食品大事典」534頁》の各「たら」及び「たらこ」の項の各記載からみても、上記のことが明らかである。)、この点は、原告においても争わないところである。

次に、上記「こうじ漬」についてみると、成立に争いのない乙第3号証(1988年11月3日株式会社三省堂発行、松村明編「大辞林」819頁)及び同第4号証(1991年9月20日株式会社真珠書院発行、河野友美編「漬け物」92ないし97頁)によれば、上記「こうじ漬」が、「こうじ」(麹、糀)、すなわち、米、麦、大豆などを蒸して寝かし、これに麹かびを加えて繁殖させ、塩を加えたものに、魚、肉、野菜等を漬け込んだ食品を意味するものであることは明らかである。

原告は、この点について、「こうじ」には、「口耳」、「向自」、「好字」等その他多数存在し、「高次」というが如きはその白眉たるものであるとし、決して「麹」のみを意味するものではないと主張する。確かに、「こうじ」に対応する語として、上記の各語が存在することは原告主張のとおりであるが、本願商標の構成要素である前記「こうじ漬」にあっては、これが特定の食品を意味するものであることは前記認定のとおりであるから、この場合の「こうじ」はその意味からして自ずと「麹」ないし「糀」に限定されるものであって、原告が指摘する上記の意味の各「こうじ」と「漬」が一体となって、特定の意義を有する単語を構成するものと認めるに足りる証拠はない。したがって、この点に関する原告主張は採用できない。

また、原告は、上記「たらの子」が「すけそうだらの卵」と理解されると審決が認定した点を非難し、「たらの子」には「まだらの子」もあると主張するので、この点を検討すると、一般に「たらの子」といった場合に、これが「すけそうだら(「すけとうだら」ともいう。)の子」に限定されず、「まだらの子」をも含むことは前記乙第1、2号証の記載に照らして明らかである。しかしながら、仮に、原告主張のように、「たらの子」に「まだらの子」が含まれるとしても、だからといって「すけそうだらの子」が「たらの子」から排除されることを意味するものではなく、本件全証拠を検討してもこれに沿う証拠はない。そうだとすると、前記「たらの子」に原告主張の「まだらの子」が含まれるとしても、「すけそうだらの子」をも含むものと理解される以上、結局、この点に関する審決の認定には誤りはないというべきである。なお、前記乙第1、2号証によれば、「たらこ」とは、「すけそうだらの卵を塩蔵したもの」を意味するものと認められるが、「たらの子」が「たらこ」と同義であることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、以上、説示したところによれば、本願商標を付した商品に接した取引者、需要者は、本願商標の前記構成から、その商品が、「すけそうだら」あるいは「まだら」等のたらの腹子を麹(糀)に漬け込んだ食品を意味するものと理解するであろうことは容易に推認可能であり、本件全証拠を精査しても、上記の推認を左右する証拠はない。

してみると、本願商標は、これが指定商品中の「たらこと麹を主原料とする漬物」に使用された場合、単に、当該商品の原材料及び加工の方法を普通に用いられる方法で表示した標章に該当することは明らかといわなければならない。

この点について、原告は、本願商標が図案化されていることをもって、本願商標は商標法上、品質表示の域を脱却しているか、あるいは、商標法上、品質表示の範囲に属しないと主張する。確かに、当事者間に争いのない本願商標の前記構成によれば、本願商標に使用される各文字の書体は、やや図案化されているものと認められるが、別紙記載の本願商標を構成する各文字の態様によれば、その図案化の程度は低く、この図案化の点を考慮に入れたとしても、本願商標に接した取引者、需要者は、本願商標から、前記認定のとおり、「すけそうだら」あるいは「まだら」等のたらの腹子を麹(糀)に漬け込んだ食品を意味するものと容易に理解することが可能であり、上記程度の図案化をもって、本願商標から上記の意味以外の他の自他商品の識別を可能ならしめる特別の意味を看取することが可能であるとまでは到底認められず、他にこれを窺わせる証拠もない。したがって、本願商標が品質表示の域を脱却し、あるいは品質表示の範囲に属しないものとは到底いえないから、この点に関する原告主張も失当である。

さらに、原告は、外観、称呼、観念の異同並びに離隔的観察方法等の判断手法を非難するが、かかる判断手法は、複数の商標間の類似性の有無、すなわち、商標の類否を判断する際の重要な判断要素ないし手法であるところ、本件においては、他の商標との類否判断が問題とされているものではないことは上述したところから明らかである。なお、本件においては、前記のとおり、本願商標自体が自他商品識別力を有するか否かが問題となっているところ、審決は、本願商標の自他商品識別力をその有する観念、外観、称呼等を全体的、総合的に検討した結果これを否定したものと解することが可能であり、その判断に何らの誤りがないことは既に説示したとおりである。

したがって、原告の上記主張も採用できない。

(2)  以上の次第であるから、本願商標は、これを指定商品中の「たらこと麹を主原料とする漬物」に使用した場合は、当該商品の原材料及び加工の方法を普通に用いられる方法で表示した標章に該当することは明らかであるから、その余の指定商品との関係について論ずるまでもなく、本願商標が商標法3条1項3号に該当することは明らかであり、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。

3  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙

本願商標

〈省略〉

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